科学論文の書き方

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(完成度が高いという意味で)良い論文を書くには、質の高い論文を手本とすればよい。より多くの論文を読んで、その中から真似すべき点あるいはそうでない点を識別し、自分の論文に生かせばよい。しかし最初のうちは、何が良くて何が悪いかの判断さえ難しいであろう。そのような場合は、論文作成に関する専門書に目を通すのが早道であり、そうした知識を得た上で自分なりのポリシーに磨きをかければ良い。推奨すべき文献としては、下記のようなものがある。

 

@     『英語でうまく書きたい人の科学論文マニュアル』

デビッド・リンゼイ(菅原勇監訳, 片山佳子訳), 西村書店, 1994, 128pp.

学術雑誌への投稿論文から、総説、講演用原稿、実習レポート、そして学位論文まで、

執筆する際の留意点をよく押さえ、かつコンパクトにまとめられている。

 

A     『英語論文によく使う表現』

崎村耕二, 創元社, 1991, 254pp.

様々なケースに応じた文例集であるが、解説・コラム・付録 

(句読法, 論証の誤りなど)が役に立つ。

 

B     『科学論文作成テクニック』

祝部大輔, BNN, 1992, 349pp.

統計処理の基礎を含め、論文作成の一連の過程を 

Mac用ソフトウェアの使用法とともに解説。

 

また、大気科学関係の国際誌掲載論文の現状と問題点については下記に詳しい。

 

Geerts, B. (1999) : Trends in atmospheric science journals: A reader’s perspective.

Bull. Amer. Meteor. Soc., 80, 639-651.

 

田中 (1999) : 大気科学雑誌の近年の傾向について Bart Geerts−を読んで.

天気, 46(10), 705-708.

 

 以下では、文献@を土台にして、通常の論文と学位論文(D論)の書き方のポイントを筆者なりの考えで簡潔に記載する。しかし、論文執筆の背後にある科学哲学や英語圏の合理的思考を会得するには、ぜひ前掲の文献や類似の書を(鵜呑みにするのではなく自分なりの考え方を確立するために)複数通読することを薦める。この際、分野の違い(例えば、自然科学系と人文・社会科学系、実験系と観測系)によって考え方が異なることは知っておくべきである。


A. 通常の論文の書き方

 

学術雑誌への投稿論文や卒業論文は、一般に以下の形式(“ユークリッド構成”)をとる。

 

     表題                             Title

     要旨/摘要                   Summary/Abstract

     序(はじめに)            Introduction

     材料と方法                   Materials and Methods

     結果                             Results

     考察                             Discussion  ← 不可算名詞!

     結論                             Conclusions

     謝辞                             Acknowledgements

     引用文献                      References

 

以下ではこの順序に従って留意点を記述するが、実際の執筆順序は必ずしもこの通りにする必要はない。個人の嗜好の問題ではあるが、多くの場合、方法や結果は書き易いので、ここから書き始めると執筆に勢いをつけることができる。これに対し、序は重要かつ書きにくい部分なので執筆に時間を要するだろう。

 

1. 表題

 多くの人に成果を知ってもらうという点で、表題の優劣は大変重要な意味を持っている。なぜなら、多くの読者は表題だけでまずその論文を値踏みし、価値なしとみなされれば読まれる機会を得ないからである。優れた表題とは、論文の内容を的確に反映し、かつ主要なキーワードを含んだものである。そのキーワードが高い重要性を持つものであれば、論文検索システムでヒットしやすくなる。

 典型的な表題としてThe effects of on Characteristics of などがあるが、無難ではあるものの結論・主張の中身が不明瞭である。A study on という表現はあってもなくても意味が変わらないので投稿論文などの表題に用いるのは好ましくない(格式を重んじる学位論文の類は例外)。近年では、分かり易さと読者へのアピールを重視して平叙文や疑問文も多用される。

 

 例)Streamside trees that do not use stream water. In Nature

    How regional are the regional fluxes obtained from lower ABL data? In WRR

 

しかし、あまりにセンセーショナルな表現は誇大広告的に捉えられ、査読者の反発を買うことも多い。

 

2. 要旨

 記載すべき事項は、1)背景と目的、2)調査内容、3)主要な結果、4)結果から導きだされた結論、の4つであり、簡潔・明快・具体的に書く。重要な情報(サンプル数や平均・標準偏差など)は数値を明記すべき。原則的に文献の引用は行わない。要旨しか目を通さない読者も多いことから、それ単体で意味が十分伝わるように配慮しなければならない。

 

 悪い例)

「本研究の結果から多くの興味ある結論が導かれた」→ 結論の中身が全く不明!

 

3.

背景(研究の発端となる社会的背景や問題の所在)と目的を、専門家以外の人にも理解できるように分かりやすく具体的に書く。また、従来の研究例を列挙(レビュー)し、研究の位置づけを明確にする。論文の価値を左右するオリジナリティは、この時点でほぼ定まってくる。すなわち、問題設定が斬新で的を射たものであるならば、読者を完全に惹きつけることができる。

数値シミュレーションに例えれば、結論が解であり、研究目的は境界条件に相当する。査読者および一般の読者は、与えられた境界条件に対して著者の導き出した解に間違いがないかを検証しようと試みる。もし研究目的が明確でなければ、結論の検証作業が行えず、せっかくの研究も台無しになってしまう。このため、箇条書きにするなどして明快に示す必要がある。疑問形や仮説の提示といった体裁をとるのも効果的である。なお、作業仮説を立てることは、計画を練ったり結果をまとめたりする過程において重要な意味を持つ。

当初目的としていたもの(あるいは作業仮説)が、データからうまく実証できない場合がある。そのような時は、その目的や仮説は放棄せざるを得ない。しかし、予想通りの結果が得られなかったとしても、別の部分で重要な知見が得られたならば、その結論と整合した目的を再設定すればよい。あるいは作業仮説を棄却することにより対立仮説の妥当性を立証するというスタンスも有り得る。いずれにせよ、論文では論旨の首尾一貫性が重視されるので、研究の経緯にはこだわらず、目的と結論の整合性に最大限の注意を払うべきである。

 

4. 材料と方法

 実験科学の場合は、実験素材と実験方法を記述する。地理学・野外科学の場合は、研究対象地域がmaterialに相当し、“研究地域概要”(Site description)として独立した章を立てることも多い。調査地域に関しては、位置(緯度・経度・標高・位置図)、地形(周辺地形図)、地質(必要に応じて地層断面図)、気候(年降水量や年平均気温など)、植生(優占種の学名)、土壌(断面の記載や物理特性値)などを記述する。方法に関しては、実験・観測のアウトライン(期間・頻度など)、使用測器(型番・メーカー; 一覧表にすると分かり易い)、分析方法・解析方法(一般的なものなら文献を引用して簡潔に)などが必要な情報である。理想的には、その記述を読んだ専門家が同じ研究を再試できるように配慮する。しかし、冗長な記述は分かり易さを損なうので、記載すべき情報を慎重に選別すべきである(卒論などの場合は紙数に制限がないので出来るだけ詳しく書くほうがよい)。

 構成を明快にするため、小見出しをつけることは効果的である。小見出しの順序は、内容の分かり易さ、説明し易さを考えて合理的に決定すべきである。

 

5. 結果

 短報的なものや、解釈を交えながらでないと論理展開が困難な場合は、“結果と考察”(Results and discussion)のようにまとめて記すことができる。しかし、客観的に認められる事実と著者らの解釈・主張を明確に分離するほうが、通常は好ましい。

 結果の章で中心的な役割を担うのは図である。重要な図をピックアップし、それらが示す客観的事実を描写し、図と図をつなぐ若干の説明(北大・福田先生はこれを“のりしろ”と呼ぶ)を補足すれば、論文の核はほぼ完成する。

 

 

図の選択基準は、次章の考察(仮説の検証)に必要であるか否かということである。面白い結果を示す図であっても、本筋との関連性が薄ければ示す必要はない。公表する価値のある図であれば、仮説を修正するか、あるいは別の論文として再編するのが妥当である。ただし、紙数に厳しい制約のない卒論や報告書では、生データを纏めた表やそれらの図的表現も一次資料として価値があるので、省く必要はない。

 結果の記述から一切の解釈を排除するのは容易ではない。筆者の考えとしては、理解の助けとなる補足的な説明や比較的客観性の高い解釈であれば、断定的ではない記述も許容してよいと思う。ここで、断定できないものや一般的な認識(文献を引用できるもの)ではないものを断定的に記述してしまうと、査読者の反発を受ける。英文表現としては、maywouldを多用すると曖昧な印象を与えてしまうため、indicatesuggest(暗示する/示唆する)を用いるのが無難であろう。

 

6. 考察

 論文の最も本質的な部分であり、真価を問われるところでもある。不要な記述で論点をぼかすことなく、仮説の検証に焦点を絞って理路整然と記述すべきである。目的が箇条書きにされている場合は、それぞれに対応する個別のセクションを立てると分かり易い。各セクションは次の3つの要素で構成される(小見出しの必要はないが、段落を変えるとよい)。

1)      要旨説明文

検証すべき仮説を再確認し、これから何を議論しようとするのか読者に宣言する。

2)      議論の展開

結果で示した事実に基づき、合理的に議論を展開してゆく。必要に応じて先行研究を参照し、研究結果の一般性や特殊性に関して議論することも有益である。根拠に乏しい推論は最小限に留めるべきであるが、今後の研究の方向性を指し示すものであれば記述する価値がある。結果との関連がない単なる主張はけっして行ってはならない。前章で示さなかったデータが突然出てくることも好ましくない。議論の筋道に合わせた新たな図を示すことは効果的であるが、そのもととなるデータの詳細については前章で示しておくべきである。

3)      締め括り

要点を強調し、仮説の真偽について最終的な判断を下す。導き出された新概念をポンチ絵で表現すると分かり易く、かつインパクトがある。

 

7. 結論

 導入部(最小限の研究の要約)に引き続き、目的に対応した結論を簡潔かつ具体的に書く。目的と同様に箇条書き(1:1対応でなくともよい)にすると明快である。考察の各セクションの締め括りと概ね一致した文章になる筈であるが、序と結論だけを読んで内容を理解しようとする読者も多いことから、繰り返しになるとしても正確に記述すべきである。勿論、一言一句同じである必要はない。

手法上の問題点や今後の課題を結論に含める場合があるが、これらは考察に含めるべきものであり、結論の章に記述するのは好ましくない。また、Conclusionの代わりにConcluding remarksという見出しを使う論文もあるが、結論をあえてぼかしているようで好ましくない。

 

8. 謝辞

 感謝の表現方法は個人によって好みが分かれるので、複数の例を参考にして最も気に入った記述を手本にすればよい。投稿論文の場合は、科研費や各種助成金の情報も記載する。

 

9. 引用文献

 記述形式は学術雑誌ごとに異なるので、それぞれの執筆要領に従うこと。定めのない特殊な文献の場合は、類似例を先行論文から探し出し、それに倣うこと。レポートなどとは異なり、参考にしただけの論文は文献リストに記載する必要はない。直接引用したものだけを記載する。

 本文中での引用形式は、「・・・とされている(Author, 200x)」もしくは「Author200x)は・・・を示した」の二通りがあるが、原則としては、引用内容が一般的認識となっている(あるいは疑義のない)場合は前者、そうでない場合は後者の形式を用いる。また、一般的認識として引用する文献としては、最初にその概念を示した論文か、よくまとめられた最近の論文、あるいはその併記が望ましい。

 

10. 脚注と付録

 科学雑誌の多くは脚注の使用を認めていないか、あるいは推奨していない。しかし、地理学評論のように論理の展開を乱さないように脚注を多用する雑誌も例外的に存在する(文系で一般的なようである)。

 付録(Appendix)の制限はあまりないが、それが無いと本文の意味が通じなくなるようなものであれば、本文中に含めるべきである。多くの場合、数式の導出や生データの提示に用いられる。付録A、付録Bというように複数あってもよい。

 

11. 執筆前の準備

 データがほぼ出揃い、まとめの方向性を模索する段階になったら、ワーキングサマリーを作成することを薦める。これは、章立てに論理展開の骨子を書き加えたもので、論文執筆のシミュレーションとも言える。これにより、論理展開の不整合や解析・考察の不足をチェックすることができ、速やかに論文執筆に取り掛かることが可能となる。

 

12. 執筆後のチェック

 ひとまず初稿が完成したら、十分に推敲を繰り返すこと。文献引用の不備(本文とリストの不整合)や数式の誤りのチェックはもとより、時間を置いて読み返してみることで、文章表現の不適切さに気づくことがしばしばある。論文では、くだけた言い回しでなく、格調高い表現が望まれるが、難解な表現や滑らかさを欠く文章は理解の妨げとなるので好ましくない。本人による推敲が済んだら、共同研究者や指導教員に目を通してもらう。彼らは、要修正箇所の指摘や改稿のアドバイスだけでなく、論文執筆上の様々なルールを教えてくれるだろう。


B. 学位論文の書き方

 

1. 構成

 学位論文と通常論文の最も大きな違いはその長さである。学位論文は通常論文の数倍のボリュームを持つのが一般的で、実際、工学系や論文博士の場合は幾つかの投稿論文を統合して学位論文とすることも多い。このため、論文の構成も単純な“ユークリッド構成”の枠に収まらないことがほとんどである。

 複数の論文を統合するような場合は、手法が単一ではないため、方法とそれに対応する結果・議論をそれぞれ一つの章にまとめることができない。それゆえ、それぞれの論文に対応した章を立て、その中で方法・結果・議論そして簡単な序を各節として記述する(下図a)。各章末尾に簡単なまとめを記すのも、後の議論を円滑にする上で効果的である。

 内容が多岐にわたっていても、一連の実験・観測を取り扱う場合や共通性の高い手法を用いる場合にはこれをまとめることができる(下図b)。そのほか、実施した研究の内容によって様々なバリエーションが有り得る(下図c)。

 

 

 序論末尾で以上のような構成図を示し、全体の流れと各章の意義・位置づけを明確にしておくのもよい。

 

2. 統合仮説と総合議論

上で示したように、学位論文の研究成果は通常の論文と比較して多様性に富むため、議論が発散しがちになる。それゆえ、ともすると寄せ集めの印象を持たれかねない。そこで、議論をうまくオーガナイズし論文全体としての首尾一貫性を確保するために、統合仮説(unifying hypothesis)を設定する必要が生じる。この仮説は、幾つかのステップを踏まなければ検証できないような大掛かりなものであり、それぞれのステップで固有仮説(specific hypothesis)の検証を要求する。すなわち、結果の各章はそれぞれの固有仮説を検証するために存在するという位置づけである。そして、各章で導かれた結論を基にして、統合仮説を吟味するのが総合議論(general discussion)ということになる。料理に例えれば、結果の各章はいわば下ごしらえの段階であり、総合議論こそが煮る・焼く・炒める等の調理に相当する。もし統合仮説が複数の要素から構成されるのであれば、それぞれについて独立した節(section)の中で議論することも可能である。通常の論文同様、最終的に得られた知見をポンチ絵として示すことは、分かり易さの上でも、また自分自身の考えを整理する上でも効果的である。

 

3. 文献レビュー

 通常論文とのもう一つの大きな違いは、文献レビューに求められる充実度である。紙数の制約がないので、必要な文献を全て引用することができる。しかし、対象とするテーマに関連する文献を全て網羅することは、現在ではほとんど不可能と言える。必要な文献とは、統合仮説および固有仮説を導くための根拠・意義・背景知識を提供するものであるはずである。また例えば、その論文が5つの要素からなる問題のうちの2つの要素についてのみ詳しく検討するような性質のものであるならば、残りの3つについては先行研究をもとに予め議論しておく必要がある。さらには、総合議論の中で登場する文献を予め紹介し、その位置づけを明確にしておく必要もあるし、用語法や概念定義が分野によって異なる場合には、議論に混乱を招かぬようそれらの統一を図るべきである。

 文献レビューの優劣は、それが構造的であるか否かに大きく依存している。統合仮説と固有仮説を念頭に置けば、レビューはおのずから論理的な構造を有するようになるが、そうであっても、多くの先行研究を概説してゆくと単なる羅列に過ぎないような印象を与えかねない。そこで有用なのが比較の視点とそれをあらわす対照表である。これによって先行研究の特徴・位置づけが明確になり、当該研究の意義も浮き彫りとなる。

 データの取得(実験や観測)を開始する以前にこうしたレビューができていれば、適切な方向性を見出すことができ有益である。しかし、論文執筆の段階であらためて文献の不足に気づくことも多い。それゆえ、執筆期間にはある程度の余裕を持つべきである。

 

4. その他

学位論文の体裁には、最小限の定めはあるものの比較的自由度が大きい。謝辞の書き方と同様に好みの問題ではあるが、先輩の学位論文を大いに参考とすべきである。

 

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